寒田瑠花のライター生活を晒す場所(主に)。仕事用のアドレス作りました! kyoumo.kaeru@gmail.com 書きモノやライブへのお誘い、音楽談議など、何でも歓迎。四次元ポケットみたいなもんです。


by rukasoda

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睡魔に負けてアップできなかった昨日のお話。


中村一義さんと結婚したいと本気で言い張る絶妙な友人が、京都から遙々やってきた。夜行バスに愛と日帰り荷物を乗せて。
この友人とはかれこれ15年になる付き合いで、わたしにとっては半分家族のような人間。とにかくいろんな意味でメズラシイ女の子なのだが、そのお話はまたの機会に。

その友人が入手したチケットで行ってきました。
【100s 寺子屋スペシャル ~フラワーロードショー~】
アーティストのトークショーなんて初めて行ったよ!
(どうせなら早くライブしてくれよ…というのが率直な気持ち。)

夕方4時半(!)から始まったこのイベント、最初に発売前のアルバム(7月8日発売『世界のフラワーロード』)の全16曲分のPVをスクリーンで観せるという破格っぷり。
これすべて『ウルトラミラクルラブストーリー』の横浜聡子監督によるもので、16曲分の連続したショートムービーとしても楽しめるようになってるシロモノ。
ただ、ところどころで “そりゃないよ!” とツッコみたくなるところが(笑)
うーん、聴くより前に観るもんではなかったかもしれない。
一足早くアルバムの大部分を堪能できたのはラッキーなことだけど。


それにしてもこのアルバム、中村一義時代からのファンにとっては多分めちゃくちゃ感慨深いものなんじゃないかと思う。
これまでの音作りの歴史がハッキリ耳に届く。サラッと聴いてても “あ、この曲あの曲っぽい!” みたいなことがたくさん。
タイトルだけ見てもねぇ… ニクイことするな~っていうとこ、ありますよね!

そして何といっても軽やかさ、柔軟さ。パワフルで上質なメロディ。一音一音の明確さ。
やっぱりバンドの連帯感ってある種の「重み」になるのかもしれないな。
わたしは『OZ』を聴いたときよくわからなかった人間なので、余計にそう思う。
あとのトークで、今回のレコーディングはメンバー全員揃ったのが最後の一回だけだったっていう話を聞いたとき、めちゃくちゃ納得できたもん。
最近よくいわれてる「グルーヴ感」とかもさ、「バンド」っていう形態や「メンバー」っていう固有性に縛られるもんなら、しんどいよね。ただ鳴ってる「音」だけでいいもん。
そこに向き合うことによって、しいてはその人間や集合体であるバンドと繋がっていけるからおもしろいんじゃないのかな。

その点で、100sメンバーひとりひとりのすばらしさといったら!
(とくにトム君のドラムがわたし大好きダ!)

一回聴いただけでどこまで言っていいか自分でもわからないけど、1st、2ndとは明らかにちがうものがあります。わたし自身はすごく衝撃を受けた。
これは『OZ』発売時にいわれてたことで、そんときは全然納得できなかったけど、今もう一度自分の口でいっときます。

『金字塔』再び!

ただし、あの『金字塔』とはちがう、まったく新しい「金字塔」。
ひとりだった音楽が、仲間であるひとりひとりの音楽と向き合うことで生まれた大傑作。
そこにあるのは誠実なコミュニケーション。

発売が待ち遠しい!


イベントは、そのあと横浜監督がゲストで登場したり、メンバー全員揃ってトークしたり、蔵出し映像(「主題歌」時代のナカカズさんのプライベート映像がすてきだった)あったりと、オナカイッパイの内容で、8時頃終了。
なかなかの長丁場でした…

なぜか新宿で回転寿司を食べて、夜行バスに乗り込む友人を見送って、家路に。
とにかく疲れた。
トークショーはもうすこし大人になってからでいいや… というのが感想(笑)


今日のヘビロテBGM:ワッツーシゾンビ『ZOMBIE FROM EARTH』
明後日の下北ワンマンに出現予定…
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by rukasoda | 2009-06-29 23:40 | 音楽ライティング
ヒップホップ(ここでは音楽のジャンルに限定)に嫉妬した。
ロックには今のとこ絶対にマネできない表現方法だと思う。
かっこよすぎです!

入江悠監督『SR サイタマノラッパー』。日本の音楽をまた一歩進化させた音楽映画。

宇多丸さんがゲストだった昨日、衝動に駆られて行ってまいりました。
上映20分前に着いた映画館は、まるでライブ会場のような熱気。

観終わってすぐの感想――やってくれたな、ヒップホップ!(笑)

ブラックミュージックであるヒップホップの根源は「身体性」や「肉体性」です。
黒人の肉体や自意識――それらを生み出す家族、仲間、恋人、共に暮らす街、社会。
それらを自己の声と言葉で音楽にしていくのが、ラップという表現方法。

で、日本のヒップホップの不器用なところは、「自己」の肉体性でなく「黒人」のそれをマネしてしまうところ。
「マッチョ」な肉体や精神こそがそのままヒップホップの象徴みたいになっちゃってるところ。
(ただし、巷で流行るのは「自己」をエンターテイメント用に軽量化したポップなもの。)

でも実際は、そんなんムリでしょう。日本人のヤワで華奢な体には似合わないもの。
というより、それじゃあ「身体性」でも「肉体性」でも何でもないわけで。 
“ブラック” なのは “キミ” じゃないから。

この映画がスゴイのは、 その「自己」を “ブラック” でなく “サイタマノラッパー” に移すことによって、シックリくる「身体性」を生み出したところにあると思う。
「青春映画」とも評されるこの映画は、それこそ “ダサさ” や “かっこ悪さ” といった「恥」の部分が、埼玉の田舎の街並みによって強調されている。
(それはほんとにもう、ちょう笑えます。そしてちょっと泣けます。)
でも、そこには確かに「ヒップホップ」があるんだよねぇ。

うん、ヒップホップがマッチョである必要は全然ない。
ただし、キレイゴトを並べるための道具にされてもたまらない。

日常(生活)とそこで生きる自己(肉体)を 「言葉(肉声)」 によってダイレクトにつなぐこと。
それこそが、ラップでしかできない身体的音楽表現だとわたしは思うから。

あのラストシーン。
主人公にとっての「ライフ」(生活)が、そのまま「ライブ」(音楽)になる――ヒップホップが、しいては日本の音楽が、新たに「身体性」を手に入れるあの時間。
言葉が信じられないほど強く強く届けられるもんで、わたしは涙が止まらなくなってしまった。

あんなに説得力のある「音楽」初めて聴いたよ。
トラックも最高。

もちろん、この映画はこんなもんじゃない。
無限の語り方がある中で、わたしは音楽映画としての側面のほんの一部を書いたにすぎない。
みんなも是非、機会を見つけて観ておくれ。
そして、 自分の言葉で語ってほしい。
それが広がって、本当に地方でがんばっているラッパーたちにこの映画が届けば、おもしろいんじゃないかと思う。


追記
そのあとにあったトークショーにて。
役者さんたちによる即興ライブで、フリースタイルを披露した宇多丸さんに、また涙。
役者さんもお客もスタッフさんも、おそらくあの場所にいた全員が同じ「ライブ」と「ライフ」を共有していたと思う。
あれもまた、すばらしい時間だったな。
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by rukasoda | 2009-06-24 00:45 | シロウト映画・舞台


あの夏の一日は、燃えるようなアツさだった。
それだけははっきりと覚えている。


…なんて、小説のようなオープニングでスタートしてみる。ドモ、寒田です。
今回はいろいろな諸事情により、わたしの夏フェス体験談を書くことになりました。

といっても、わたしはフジロックとかサマソニのような大規模なものには行った経験がございません(ほんとうに貧乏学生だったのよ…)。
なのでわたしのお話は、大阪の、それでもまぁ有名っちゃあ有名な中規模フェスのお話です。

さて、みなさんは「このフェスに行こう!」と決意するとき、何をキメ手にしますかね。
アーティスト、金額、移動距離。まぁ、その辺をバランス的に見て、ですかね?
わたしならそこにもう1つ…  “一緒に行く人” の項目が入ります。これはすごく大事。
なぜなら、準備や下調べ、当日の行動なんかを考えたときに、わたし1人ではどっかで計画を頓挫させるであろうことがわかっているから(笑)

ただのライブなら、一人で行くことも何てことない話なんですが…
フェスに行ったことがある人なら誰でもわかることだと思いますが、フェスって「野外ライブ」とは全然違いますよね?
まず、開催地に困惑することが多い。どう考えても不便やろ! ってとこでやる(笑)
「思った以上に会場までが遠かった」「近くにコンビニが見当たらない」なんてのも、よくある話。
あと、一週間くらい前から天気が気になって仕方がない。
それによって持ち物がずいぶん変わっちゃいますから。雨だったら最悪だし、気温が高すぎてもゾッとする。どっちにしても、着替えはメンドクサがらずに持つこと。
飲み物(会場内は高いので、事前に買っておいて凍らせておくのがベスト)やタオルは必要最低限のアイテムで、できれば帽子と日焼け止め(男子も!)も持ってくのが賢明。
それでも焼けるものは焼けるんですから。お日様の力を思い知らされますよ。
あと、大きめのレジャーシートとアイスボックスを手配できると、気持ち的にも随分ラク。

こうやっていろいろ確認してみても、フェスってライブより断然「遠足」とか「キャンプ」に近いでしょ。お菓子が入らないくらいカバンがパンパンなのもしょうがない。
まぁ、ビールさえあれば何もいらない! って方もたくさんいらっしゃいますが…
それでもさすがに、遠足やキャンプに一人では行きたくないですよね(笑)
だからフェスには仲間がいて当たり前。もちろん“アツい夏の一日を盛り上げるために協力し合える”最高の仲間です。

そうして迎えた当日は、とにかく気持ちがつんのめります。
徐々に電車の中に同じ年頃の人たちが増えること。おそろいのバンドTシャツを着ている人たちや、旅行用トランクを持っている人もいること。その誰もが音楽の話をしていること。
そして、それを不思議そうに眺めるおじいちゃんがいること(笑)
この雰囲気が、フェスへの期待と高揚感に変わっていく感じ! たまりません。

現地では観光客のような扱いで、街中を歩けば露店(おそらくいつもは商店)の人たちから「いらっしゃ~い」などと言われて(笑)

開場を待つ間は、友だちと見る順番やお昼をとる時間を相談し、各時間のライブ班、シート班をつくっておけば、準備万端。
あとは観たいバンドが一番目なら、バンドTシャツをチェックし、ライバル(まぁ、のちのちの仲間なんですが)の数を確認したり。
開場したら、全力疾走! 誰もいない会場に飛び込むのは、最高にワクワクします!
で、背の低いわたしは迷わず端っこを探す(笑) 怪我しちゃ元も子もないので。

そっからアーティストを待つ時間が、フェスの中では一番退屈かな。それでもワクワク感はなくならないですけど。
スクリーンに映る広告映像(このときばかりはどんな大企業も “協力者” に見える)と晴れわたる空を交互に見て、ダラダラ汗を流しながらひたすら待つ。
で、一番目のアーティストの登場――その最初の一音が鳴った瞬間、一気にハジける!
同じように待ちに待った人たちの声を通り越した熱狂は、まさにファンファーレ。

みなさんそうだと思いますが、始まってからのことはほとんど思い出せません(笑)
というか、あんまり頭が動いてない。体が直接、音を吸収して動いてるような、そんな感覚。
なにせ場所もデカけりゃ音量もハンパじゃないですから。脳みそを通る前に、耳や肌の方が早く反応する。
で、行動としては “大声を出して、カイホウ感を味わいたい!” とか “何度も上を向いて「青空の天井」を満喫したい!” とか。これでものすごく首を痛めるんですが(笑)

ライブが終わったら、とりあえず「水分」を求めて仲間の待つシートに直行!
といっても、フラフラで走ることもままならない(笑)
屍のようにゾロゾロ歩きながら周りを見渡すと、おんなじバンドTを着たおんなじ顔(ヤリキッタ顔)が各シート目指して散らばっていくわけで…
その「解散」の様を見て “わたし今、参加者だったな~” と実感したり。

シートに辿り着いて水をポンプのごとくガブ飲みしたら、しばらくは夢の中です。
遠くで鳴っている次のアーティストの演奏を聴きながら、壮大な水色の空や絵の具のように白い雲、ザラついた土や短く生えた草――その中にあるステージや並ぶ屋台の姿を、ぼんやり眺める。
ライブハウスとちがって野外には「壁」がありません。すべてが広すぎて高すぎる。
でも、そこには確かに人の手でつくられた「空間」というものがある。
わたしはその空間全体を守っているものこそが「音楽の力」なんじゃないかと思う。

そうして好きなアーティストが終わってまったりと過ごしていても、気は抜けません。
シートで友だちと話していたら、ステージからとってもダンサブルな曲が… もちろん今まで気にしたことのないアーティストの知らない曲です。
でも、そんなことはおかまいナシ。
踊れる曲が、生演奏で鳴っているのです。踊らにゃソン、ソン。
一人が立ち上がれば、仲間がみんな立ち上がって各々リズムを取り始めます。それはどのシートでも同じこと。
気づけば、周り一帯がダンスホールに! ときには知らない人がこっちまで絡みに来たり!
そう、フェスの醍醐味は、知らない聴かないアーティストのライブですら、参加者になれること。しかも、体をぶつけ合う目の前の人も、誰だかわからないという状況(笑)
もはや抵抗感なんて感じている場合じゃない!
こういう体験を通して “音楽は知らないことだらけでもみんなで楽しむことができるものだ” という実感が得られたら、最高ですね。
ほかにも、わたしは興味のなかった某有名アーティストをフェスで観て、その影響力に何度も驚いたことがあります。「みんなが知っている」ということのパワーは、フェスに行けば一発でわかります。
だって、バラバラのアーティスト目当てで来た人たちみんなで、同じ歌を唄えるんです!

終盤には、客席の真ん中らへんに、誰彼かまわず飛び込んでいける不思議な一体感(ヤケクソ感)のある空間が必ず現れます。
もう、そこはグッチャグチャです。みんなが土と汗にまみれて、どこぞの民族のごとく踊り狂っています。
わたしはそこで一度 “何百人の千鳥足が起こす砂ぼこりによってアーティストの姿が消える” というすさまじい光景を目撃したことがあります(笑)

フェスにはこうした印象深い瞬間がいくつもあります。
それをつくりだすのは、参加者であるすべての人たちです。
みんなが本気。当たり前ですが、やる気のない人はいません。というか、あの場所にいて何もしないわけにはいきませんから。
それはアーティストも同じです。それぞれが「真骨頂」をみせ、名シーンが生まれます。
参加者全員が「音楽」というひとつのものでつながり、アツくなる。「全員野球」という言葉がありますが、これはまさに「全員フェス」ですよ!
だからこそ、ほんとうにたくさんの笑顔と “どうにでもなるだろう” と思える(何なら眠ってしまえる)くらい平穏な時間がつくれるんだと思います。

すべての演奏が終わり、もうすっかり暮れた真っ黒な空のもと、すこしずつ解体されていくステージ。そのまぶしいホワイトライトを背負って、わたしたちは出口を目指します。
体の底から湧きあがるのは “疲労感” と “名残惜しさ” 。
わたしは冒頭で “夏の一日” という言葉を使いましたが、フェスはまさに一日がかりです。それは夏の醍醐味である海や花火やバーベキューなんかより、ずっと長い時間のはず。
なのに残っている記憶はこれだけ。それがいつも不思議。
やっぱりあの太陽と熱気で、脳みそまで焼けてしまうんでしょうか?
ある友人は、最終的に水分より塩分を補給することになったそうです(笑)

その場所に行けば、自然とわかるものがある。
ここがどこなのか、周りにいるのが誰なのか、自分は何者なのか――いつも考えたり悩んだりしていることが、めちゃくちゃ “まわりくどい” ってこと。
要は、その場所にいる間に何を感じられるのか。それがわかれば充分楽しめるでしょう。
だから記憶なんてものは、そんなに残ってない方がいいのかもしれません。



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by rukasoda | 2009-06-20 16:35 | 音楽ライティング
もう、すっごくよかった。
横浜聡子監督『ウルトラミラクルラブストーリー』。文句ナシの日本の映画。

終わったあとトイレで “意味わかんない” “金返せ” と文句を垂れていた女子諸君。
まだまだ女子力が足りないな! それとも現実の恋愛に疲れ果てちゃってるのかな?

タイトル見てみて。
…そう、これは「ラブストーリー」なのですよ。
昔、少女マンガとかで読んだアレ。恋愛がまだ現実味を持たない「あこがれ」だった時代、夢中になったアレ。
忘れたとは言わせないゼ。

一体いつ頃から日本のラブストーリーは「恋バナ」や「ガールズトーク」に従属し始めたんだろう。
現実的なお話。両思いには幾多の困難。片思いには涙と痛み。

あー、バカバカしい。
現実で何回も何人も恋愛するのは勝手だし、それで女が磨けるってのもある程度は納得する。
でもだからって、フィクションの世界までそうなる必要は全然なくナイ?
そもそも「ラブストーリー」なんてものは、突拍子もないトコからうまれてナンボだとわたしは思う。
ましてや恋愛における「意味」なんてものに縛られてたら、絶対うまれないものだろうね。

「ラブストーリー」はずっと昔から、夢見る少女の「あこがれ」(そこにある跳躍力)だけがうむ「ファンタジー」なんだもん。
そこに「ミラクル」までついたとあっちゃ、もう何が起きても不思議じゃないよ。
むしろ「ウルトラ」までつけて「ミラクルラブストーリー」をつくった横浜監督のサービス精神とダイナミズムに拍手だね!

そして、主人公「陽人」君を演じた松山ケンイチ。
やっぱり彼はすごいんだと思います。ミラクルを起こす男子に見えたもの。
少女マンガにおけるミラクルな男子… つまり、白馬に乗った王子様でしょ?
そこ、わかってなきゃあの演技はできないと思う。
いや~、夢を見させてもらいました(笑)

この映画を観て “わからない” って人は、夢見ることをやめちゃってるんじゃないかな。
そうだとしたら、もったいないので悔しがってください!
なんて、わたしなんぞが偉そうに言うこともないんですけど(笑)
ただ本当によかったから。もっといっぱい言いたいことあるし。

またエンディングの100s「そりゃそうだ」がいいんですよ!
メロディが爆発してて、ドラムには真っ直ぐな楽しさがあって、声が伸びやかで。
そういや映画の中にも鼻歌や子供たちの歌が自然と溶かし込まれてたなぁ。

あんまりしゃべっても伝わるところ少ないと思うので、まだの方はゼヒ映画館へ~。


今日のヘビロテBGM:まつきあゆむ『ディストーション』
音の隙間を感じたいときなど、周期的に聴きたくなる。
歌詞は男の子版「ラブストーリー」と言ってもいいかもしれないですね。
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by rukasoda | 2009-06-19 02:32 | シロウト映画・舞台

何者でもない

殴るうちにバットが折れた?
おめぇは機械か。その腕はほんまに脳みそにつながってんのか?

どうせやったらギターを折れるくらい弾いてみろっての!
(そしたらピートもびっくりだよ)

と、誰にも言えずここでクダを巻く寒田です。今日もタダイマ。

実家から宅急便。
お米とか、薬とか、日用品…ほんとありがたいっす。
あと京都の美味しいお菓子。これは明日バイト先とマンションの管理人さんに持っていこう。
オカンに電話でお礼を言う。ついでに夏休みの予定などを話す。

伊豆(オカンの故郷。わたしが知る中で一番いい場所)に住むおばあちゃんが寂しがっているらしい。
そういや昨日、誕生日をお祝いするために電話したら “遠くに行っちゃったみたいだ” と言われた。
いや、距離的にはずっと近くなってるハズだけどなぁ(笑)

夕ご飯は肉じゃがを作って食べました。
ご飯に混ぜる雑穀。これも実家から送ってもらったヤツだ。
明日は残りの牛肉をどう調理したものか…
賞味期限との戦い(笑)

大好きな「しゃべくり007」がお休みで暇を持て余したので、伸ばしていた前髪をバッツリ切ってみました。
目の上らへん。ハサミとカミソリ、これもツカイヨウ。

何か、すこしスッキリした。
雨が激しく降るたびに外で若者がキャッキャ言ってるのを聞いて、安心したり。
単純でよかった。

明日のことを考える余裕を持ちたい。家族に心配させまいとする気持ちを持ちたい。
今日はこんなつまらない話をしたくなったんです。
明日はすこしだけカワイイ格好がしたいなぁ。


今日の(脳内)ヘビロテBGM:BAZRA「青春パンク」(『千回目の日曜日』収録)
作詞は芸人ダイノジの大谷ノブ彦さん。中3からのファンです。
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by rukasoda | 2009-06-16 00:51 | 日々のフツウを

恋の小さなアパートで

昨日は大学時代の学部の先輩方と、例の恩師と、その教え子さんと飲みに行き、朝方帰ってきました。
オバンドス(京都弁でコンバンハ)、寒田です。


通販会社社員、出版社社員、SE、大学教授、専門学生、大学生、そしてフリー(ライ)ター…
なんだかバラエティに富んだ顔ぶれ。
先輩方と近況報告したり、恩師とその教え子さんの掛け合いを楽しんだり、昔話したり。
みんないい人ばかりで、あっという間にお酒と時間がなくなっていきました。

で、流れで二次回のカラオケへ。
カラオケ屋では、偶然にもソカバンの「永い夜」がかかっていてテンション上がりました。

それにしても東京初カラオケ。しかもこのメンツ。
うーん、これは何を唄えばウケるかわからないゾ!
二十歳の学生さんはすばらしい声量で「スタンド・バイ・ミー」を唄われ、年齢層バラバラな一同のハートを一気にキャッチ!
ワイルドな先輩は尾崎豊「卒業」を唄われ、拍手喝采!

迷いに迷った挙句、わたしは和田アキ子「古い日記」を選曲し、恐る恐るマイクを握る。
(最初“英語シバリ”と言われ、唯一唄えるPIXIESを探したが、もちろんなかった。)

…結果、ウケました! よかった!(安堵)
先生からもお褒めの言葉をいただき、調子に乗って何曲か唄ってしまいました。

ちなみに、わたしはアッコさん大好きなんですが「古い日記」の音源は持ってないんです。
じゃあなんで知ってるかっていうと、BAZRA『千回目の日曜日』にこの曲のカバーが収録されているからなんですね~。
ギターのカッティングがファンキーでかっこいいので、是非ご一聴。

で、意外にも場は盛り上がり、外に出てみれば朝6時の青白い空が(笑)
何だかんだで唄いまくってスッキリした頭で、一同解散。

それにしてもこの時間でも一番元気な還暦先生… かっこいいっす。先生のブルージー徳永、グッときました。


今日のヘビロテBGM:SPARTA LOCALS『スパルタローカルズ』
聴きながらの家路。
音楽ライターとかいいつつ全然先見の明がないわたしは、このアルバムでスパルタのスサマジさに驚愕。
ロマンチシズム×キョウキ? 平凡な早朝の街が、すこし歪んで見える。
安部さんの声と日本語には、ときどき脳ミソと心臓をいっぺんに持ち去られそうになります。
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by rukasoda | 2009-06-14 02:40 | 日々のフツウを

「永い夜」を唄おう

ドーモ、すこし間があいてしまいましたね。
少々息が詰っていたようです。でももう元気!

さて、わたしが教授(?)を務める【カレッジ大学】がいつのまにやらプレオープンを迎えております!

友人たちの反響もさることながら… いやぁ、わたしが一番ビックリしたな(笑)
こうなるまでの過程はまた詳しく書きたいですね。ハランバンジョーショーなので。
とにかくわたしの担当者さま、文章の校正やすばらしいデザイン、ほんとにありがとうございました。
(わたしなんてほとんど何もしてないですよ…)
これからも何卒よろしくお願いいたします。


はい、こっからは今日の話です。
昨日のロックの日(6月9日の語呂合わせ)に買えなかった曽我部恵一BAND『ハピネス!』を、今日購入しました。
まぁ、わざわざ感想をいうのも気が引けるほど説得力のある作品なのですが…
これだけは言っておきたいので、言います!

これは “多くの人が唄う前にあきらめてしまうこと” を唄ったアルバムです。
だからみんなに聴いてほしいし、できれば自分の歌のように唄ってほしいです。


って、オマエが作ったんちゃうやろ! とツッコまれそうですが(笑)
だからそういうアルバムなんですって!
まるで自分のことのように “そうするべきだ!” って言いたくなってしまう。そんなアルバム。
とくに「ほし」「永い夜」の歌詞は、誰も無視できない歌詞… 
というより、曽我部さんは聴く人間を選ばないから、結果的に “誰も無視していない” 歌詞が書けるんだと思いますが。

そもそも、わたしがこういった音楽ライターのようなお仕事をさせていただいてるのにも、いくつか目的がありまして。
その1つに、生きてる間に一人でも多くの人の「生き方」に触れたい。というのがございます。

本や映画や音楽と同じように、個人の「生活」も、表現として捉えたい。
ようは「生きていること」が、すでに何かを発信していることになるんだって思いたいんですね。
そう考えれば、何ができるのかと言いますと… 「受信」できるんですよ。
みんなが生きていることを、感覚でキャッチできるってことです。

世の中のこと“わかんない”とか言って、無視したくないんです。
「世界」とか言われるとデッカすぎてかすむけど、その世界を生きる誰かのことは、多分考えられるじゃないですか。そんなかんじでしか、自分が生きてる世界を捉えられないんで。
鈍感にならないための「世界と自分攻略法」ってとこなんですけど(笑)

でまぁ、そういうことが『ハピネス!』でも唄われてて…
だから語りだしたら止まらなくなっちゃいますね。

ようは “これはソカバンの、わたしの、そして君の表現だ!” ってことなんですよ。
うん。だから今度、一緒に唄いましょうよ。


今日のヘビロテBGM:曽我部恵一BAND『ハピネス!』
そういえば、この間の日記にも書いた某大手出版社の方が「僕らの時代は“グルーヴ”より“原曲無視して走っちゃうようなスピード感”に共感した」的なことをおっしゃっていた。
ソカバンって、それががわかるバンドですよね。
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by rukasoda | 2009-06-11 00:15 | 音楽ライティング